平成11717

ビジョン白書への提出書類)

強力X線実験室 沖津 康平

強力X線実験室の概要と沿革

 

 強力X線実験室は,工学部の特別事業として1977(昭和52)から設立の準備が始まり,3年計画でX線発生装置と各種の測定装置が導入され,1980(昭和55)から学内共同利用施設として公開された。

1981年(昭和56年)には,工学部総合試験所(工学部9号館)に増築された建屋に移設され,関連の研究室から提供された機器も加わって,本格的な共同利用の体制が整った。当初60kWの回転対陰極型X線源(ローター)を中心とするX線実験装置群で構成されていたが,1993年(平成5年),X線源の90kWへのパワーアップを中心とした設備更新を行い,現在に至っている。

実験室には,現在,粉末X線回折計,高分解能蛍光X線分析装置,X線光電子分光装置,単結晶X線構造解析装置,X線トポグラフィー装置,EXAFS測定装置,イメージングプレート読みとり装置といったX線測定装置群,および,X線光学素子作成に必要なスライシングマシーン,ドラフトチェンバー,金属材料の精密加工に必要な放電加工機などの装置が備えられている。

工学部ならびに,理学部,薬学部,農学部など学内の研究者,学生に活発に利用されるとともに,学外からの利用実績をも持つ。年間の利用者は,およそ600人日である。

このような状況の下,今日までに,X線回折およびX線分光の手法を用いた広範囲な物性研究分野で成果をあげてきた。その中でも,Dispersive EXAFS法の開発,核共鳴散乱素子の開発,透過型X線移相子の開発といった成果は最先端の研究成果として特筆に値する。

Dispersive EXAFS 法は,1980年頃に松下によって開発された。従来のEXAFS 測定法が,分光結晶により波長スキャンして吸収スペクトルを得るのに対し,Dispersive EXAFS 法は,収束X線の焦点位置に試料を配置し,一次元検出器上に,一気に吸収スペクトルを記録するものであり,従来のEXAFS 測定法と比較して,測定時間を 1/100 - 1 / 500 程度に短縮する事ができるようになった。この技術により,時分割EXAFS の測定が可能になった。この手法は,現在でも放射光実験施設において活発に用いられている。

核共鳴散乱は,メスバウアー核種を含む結晶によってブラッグ散乱されたX線が,数十メートルという長大な可干渉距離を持つことを積極的に利用しようという趣旨で研究が進められている。1988年頃から依田,工藤,泉,菊田,竹居,松下,三井によって,核共鳴散乱結晶素子の開発が,強力X線実験室において始められた。核共鳴散乱は,現在でも,つくばの物質構造科学研究所,放射光研究施設(Photon Factory ; PF)や西播磨学園都市の SPring-8 などの放射光実験施設において,活発に研究が展開されており,X線ホログラフィーなどへの応用が期待されている。

透過型X線移相子は,1987年頃,平野,石川,菊田によって,強力X線実験室において開発に着手され,1991年頃には,Photon Factory において,開発がほぼ完了している。この研究成果は,X線の偏光状態を自在にコントロールする手段として決定的なものであり,X線光学の40年におよぶ歴史の中で,もっとも著しい発明の一つと言える。X線透過率がシリコンに比べておよそ1桁高いダイヤモンド結晶の育成技術と相まって,現在では,世界中の放射光実験施設で用いられるまでに普及しており,X線磁気円二色性や磁気散乱の実験に活発に用いられている。

透過型X線移相子は,現在応用が進められるとともに,更に改良が加えられている。沖津,上ヱ地,佐藤,雨宮は,1998年,球面収差を補償する2象限移相子,1999年,球面収差と色収差の両方を補償する4象限移相子を開発した。2象限および4象限移相子の調整には,強力X線実験室が用いられた。1998年,上ヱ地,沖津,佐藤,雨宮は,これを用いて,X線領域における自然光学活性を発見した。4象限移相子によって現状で得られている完全偏光度は,Photon Factory において,99.9 % に達しており,一瞬のうちにあらゆる偏光状態の切り替えが可能である。4象限移相子の評価と最適化は,現在,強力X線実験室とPhoton Factory において進行中であり,これを用いた直線偏光スイッチングおよび円偏光スイッチングの手法により,円偏光XAFS,直線偏光XAFSへの応用が展開されている。